契約書の基本体裁と最低限の用語
表題
表題によって契約の内容(解釈)が変わるわけではない.
売買契約書という表題でも中身は業務委託契約ということもありうる.
契約の呼び方
表題と同様に,契約の呼び方によって契約の内容(解釈)が変わるわけではない.
契約書,合意書,確認書,覚書,確認書
複数の当事者が権利義務について合意する場合.
念書,差入書,同意書,確認書
一方当事者が他方当事者に義務の確認をする場合.
規約
サービスの利用に関しルールを取り決める場合.
約款
多数の顧客と定型的な契約をする場合.保険や運送業,ソフトウェアや Webサービスでよく使われる.
仮契約,本契約
『仮』であってもその内容によっては法的効力を発揮することもある.
重要なのは中身であり,表題や呼称を信用してはならない.
基本合意書,確認書
契約交渉の途中での中間的な合意.
この書面の法的拘束力の有無を記載した方がよい.
そうしないと後で大抵もめることになる.
契約当事者
契約相手の特定は重要である.
個人なのか法人なのか,その法人が有効なのかを検証する必要がある.
ただし法人が相手であっても個人として契約することもある.
法人
法人の有効性
対象の法人の有効性は登記を調べればわかる.
登記を調べるには,所轄法務局で法人に関する登記事項証明書を取得する.
そのほかの懸念事項
親会社と子会社,本国法人と海外法人,どの会社を契約当事者にするかについても考えなければならないかもしれない.
売買契約で,物の引き渡し義務と支払い義務と契約違反の際の損害賠償請求先がそれぞれ異なる法人であることもある.
機械のメンテナンスを別会社が行う場合,その別会社も当事者に入れておかなければならない.
そうしないとその別会社が義務を履行しない場合に契約違反を主張できない.
日付
契約の成立日
契約の成立日と契約書締結日とは別物である.
契約は双方の合意により成立するので,契約書締結日と契約の成立日とは異なることもある.
その場合は契約書締結日を書き換えるのではなく,契約書に有効期間に関する条項を追加することで対応した方がよい.
注文書を使う場合,注文清書の発送日が契約の成立日になる.
電子契約の場合は売主に注文データが届いた日が契約の成立日になる(届かなかった場合は無効になる).
契約書に当事者が署名する場合は,双方の書名がそろった日が契約書締結日になる.
用語
意味のあいまいな用語は契約書に定義を書いておいた方がいい.
限定列挙
「及び」「又は」「並びに」「若しくは」の用法は法律条文できまっている.
契約書面上でもそれと同じ使い方をした方がいい.
「A 及び B」
A も B も両者とも.論理演算でいえば AND.
三者以上の連結は「A, B 及び C」と書く.
「A 又は B」
A か B かどちらか一方.論理演算でいえば XOR.
三者以上の連結は「A, B 又は C」と書く.A, B, C のうちの誰か一人という解釈になる.
「並びに」
優先順位の低い「及び」.論理演算でいえば AND.
「A 及び B の引き渡し並びに C の受領」という文は
「(A 及び B の引き渡し) 並びに (C の受領)」と解釈する.
「若しくは」
優先順位の低い「又は」.論理演算でいえば XOR.
「A 及び B 若しくは C」という文は
「(A 及び B) 若しくは (C)」と解釈する.
例示列挙
「等」「その他」などの用語を使えば,列挙した名詞が一例であることを示せる(非限定列挙).
「A, B, C 等の反社会的勢力」という文は「A, B 及び C 並びに反社会的勢力」が対象になる(反社会的勢力の定義が必要になるが).
「等」がない場合は A, B 及び C のみが対象になる.
「推定する」と「みなす」
「A 円の損害があったものと推定する」という規定があったとき,
実際の損害額が B 円であることが立証できれば,B 円が認定される.
それに反して「A 円の損害があったものとみなす」という規定は,
実際の損害額の過少にかかわらず A 円が認定される.
署名,記名,捺印
捺印と署名,記名との間に効力の差はない.
法人が署名する場合,署名者に権限があるかどうか確認する.
権限がない場合,権限がある者の委任状が必要になる.
部長クラスの者に権限があることはまれで,可能ならば委任状を見せてもらう方がよい.
重要な契約の場合
署名者が商業登記上の記載(登記事項証明書)の代表取締役と合致するか確認する.
ただし社長,会長,専務,常務など対外的に代表権限があると認められるような名称が使われた場合は,
これを信頼したものは保護されることとされている(表見代表取締役).
捺印の検証は法務局発行の印鑑証明をつかう.
印鑑証明を提出してもらい,記名・捺印と一致しているか確認する.
契印,割印,訂正印,捨印
契印
契約書が数ページにわたる場合に,ページとページとの間に押される.
契約印と同じでなければならない.
差し替えや差し込みを防ぐ効果がある.
袋とじの場合は裏表紙とのりづけとの間に押印する.
割印
同じ契約書を2通以上作成した場合に,同時に作成した同じ契約書であることを示すために押される.
契約印と同じである必要はない.
訂正印
契約書の記載事項を訂正,追加,削除したことを証明するために押される.
契約印と同じでなければならない.
捨印
後日訂正する必要が生じたときのために,あらかじめ欄外に押しておく.
契約印と同じでなければならない.
契約内容を勝手に書き換えられるため,個人であっても企業であっても押すべきではない.
印紙税
以下のような契約書は収入印紙が必要になる(ほかにもあるので詳しくは印紙税法を参照).
- 不動産等の譲渡契約
- 土地賃借権の決定・譲渡契約
- 消費貸借契約
- 請負契約
- 運送契約
- 合併契約
- 継続的取引の基本契約
- 債務の保証契約
- 債権譲渡・債務引き受け契約
- 信託契約
収入印紙の有無は契約書の効力に影響を与えない.
収入印紙を貼ってなかったり,金額が不足していたりすると脱税になる.
その時の過怠金は本来の金額の3倍の額(納付しなかった印紙税の額とその2倍に相当する金額との合計額)になる.
当事者が多く同じ契約書を複数作成する場合でも,
それらの契約書すべてに収入印紙を貼らなければならない.
収入印紙の再利用を防ぐため,収入印紙は貼るだけではなく消印が必要だ.
消印の押し方は
を参照.
参考文献
淵邊善彦『契約書の見方・つくり方』(日本経済新聞出版社,2012年)